Haruka Ogawa
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「音楽的」を分析することは音楽的ではないのか?

2026-09-16

「感性か、理論か」の二項対立を超えて——ピアノの表現力を深める論理的アプローチの真価

先日、インスタグラムとYouTubeに載せているショート動画に寄せられた「そんな風に分析的・機械的に教えるなら、それは音楽ではなく数学になってしまうのでは?」という1つのコメントをもらい、なるほど、面白い問いだなぁと思い、真剣に考える機会に恵まれました。

「表現を分析することは、音楽的ではないのか?」

今回は、指導者・演奏者としての私の答えと、なぜ私たちが「分析」を通して表現を深めるべきなのかについて、熱く、そして心を込めてお伝えしたいと思います。

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1. 感情を「数値化」「構造化」
する試みは音楽を壊すのか?

「歌い方」や「フレーズの持っていき方」を機械的に分析して教えることに対して、「それじゃあ音楽じゃなくて数学じゃないか」と感じられるお気持ちは、とてもよく理解できます。

ですが、ここで一度考えてみてほしいのです。

「なぜ、私たちは特定の演奏を聴いたときに『美しい』『心が揺さぶられる』と感じるのでしょうか?」

実は、世界的な研究機関や音響心理学の世界では、演奏者のタッチのスピード、打鍵の加速度、音の重なり(倍音)、フレーズ間の絶妙なアゴーギク(テンポの揺らし)などが細かく数値化され、人間の心が「温かい」「感動的だ」と感じる音響的プロパティ(構成要素)の研究が進められています。

身近な例で言えば、「熟成されたチーズ」や「芳醇な醤油」のような旨味成分です。美味しい料理には必ず「旨味の科学的根拠」が存在します。だからといって「科学的に分析されているから、この料理は美味しくない」「旨味成分を排除しよう」とは誰も思いませんよね。

音楽もまったく同じです。「人が美しいと感じる演奏」の裏側には、必ず物理的・運動学的な論理が存在します。 それを分析し、解き明かすことは、決して音楽を無機質な計算に変えることではありません。

2. なぜ「感覚に任せる指導」だけでは限界があるのか

もし「感じられないなら、あなたには表現できませんね」で終わらせてしまったらどうでしょう?

世の中には、生まれつき圧倒的な感性を発揮できる「天才」と呼ばれる人たちがいます。しかし、そうではない人や、ある特定の曲やフレーズにおいて「どうしても歌い方がわからない」「表現の糸口がつかめない」と悩んでいる生徒さんに対して、「もっと感じて!」「感情を込めて!」と精神論だけをぶつけるのは、あまりにも無責任です。

私自身は、こう弾きたい!という欲求が昔から強いほうですが、それでもあらゆる作品のあらゆる場所すべてを100%完璧に感じ取れていたわけではありません。指導してくださった先生方が「ここではどうしてこの音を際立たせるべきなのか」「身体の重みをどう移動させればその音色が出せるのか」を論理的に紐解いてくださったおかげで、1つずつ視野が広がり、最終的に全身でその音楽を感じ取れるようになりました。

世界を押し広げるための「ロジック」

分析の真の目的は、生徒さんの心の中にある「壁」をぐーっと外側に押してあげて、それまで見えていなかった新しい景色を見せてあげることです。

  1. 論理的な分析(どこをどう弾けば美しい響きになるかを理解する)

  2. 正しい身体運動の実践(力学や構造に沿って実際に響かせる)

  3. 耳でその響きを聴く(自分の手から生まれた美しい音を感じる)

  4. 感性の開花(「あ、こういうことか!」と心が動く)

最初は頭(分析)から入ったアプローチであっても、実際に美しい音が鳴り響いた瞬間、人間の感情は必ず後からついてきます。分析は、感性を閉じ込める枠組みではなく、感性を引き出すための最高の鍵なのです。

3. 「今この瞬間」のためではなく、生徒の人生と将来のための教育

音楽教育において、私が最も危機感を感じているのは「その場しのぎの仕上げ」や「目先の評価のためだけの指導」です。

日本のコンクールなどで散見されるような、「審査員や特定の先生に好かれるためだけに感性を歪めて教え込むスタイル」は、生徒さんの未来の音楽人生を奪ってしまいかねません。

教えるということは、単にピアノの弾き方を伝えることにとどまらず、その人の生き方や世界観を広げる営みです。

「なぜそう弾くのか」を自分で分析し、理解し、表現できるようになれば、誰かに依存することなく、将来どんな曲に出会っても自分自身の力で楽譜を読み解き、美しい世界を構築できるようになります。何年先も自分の足で音楽の道を歩んでいける強い「翼」を手に入れてもらうことこそが、指導者としての私の情熱の源泉です。

4. 情報に振り回されないために:知識を「自分のもの」にするプロセス

SNSが普及した現代では、手軽にテクニックやノウハウの情報が手に入るようになりました。しかし、流れてくる情報の中には、根拠の薄いものや誤解を招くような根性論も少なくありません。

ここで大切なのは、「聞いた知識をそのまま鵜呑みにしない」ということです。

知識は、知識のまま頭に置いているだけでは何の意味もありません。

  • 自分で実際に試してみる

  • 自分の身体と音でどう変化が起きるかを観察する

  • それが自分にとって良いものかどうかを判断する

ここまで実践して初めて、知識はあなた自身の「本当の力」になります。私が発信している打鍵の速度や手指の使い方、身体の力学に関するアプローチも、ぜひ一度ご自身のピアノで試してみてください。そして、「あ、本当に音が変わった!」と体感できたものを、ご自身の財産として取り入れていってほしいのです。

おわりに:ロジックと情熱が重なる場所へ

「分析すること」と「音楽的であること」は、決して相反するものではありません。

徹底的な分析という「論理」の上に、溢れ出る「感情」が乗ったとき、演奏は聴く人の心を揺さぶる最高の芸術になります。

自分の練習や表現に行き詰まったときこそ、感情だけに頼らず、冷静に楽譜や身体の動きを分析してみてください。そのロジカルなアプローチの先に、あなただけの深く豊かな音楽世界が待っています。

今日もあなたのピアノの時間が、素晴らしい発見に満ちたものとなりますように。

小川遥