「p(ピアノ)だから小さく弾かなきゃ」と思っていませんか?
2026-06-20こんにちは。ピアニストの小川遥です。
皆さんは、楽譜に書かれている「p(ピアノ)」や「f(フォルテ)」といった記号を、どのように捉えていますか?
「pは弱く、静かに」
「fは強く、大きく」
おそらく、ピアノを始めて最初に習うのがこの「強い・弱い」というルールだと思います。しかし、実はこの「楽譜に書いてある通りのニュアンス(強弱)を守る」という意識が、時に私たちの演奏の可能性を狭めてしまう「罠」になってしまうことがあるのです。
今回は、私自身のレッスンでのエピソードを交えながら、楽譜の文字に縛られない「本当の表現の広げ方」についてお話しします。
1. 「p(ピアノ)だから、アクセントはつけられない?」という思い込み
先日、ある生徒さんのレッスンでのことです。
フレーズのなかの特定の1音をもっと強調して、引き立つように弾いてみてほしいとアドバイスしました。すると、その生徒さんは少し困ったような顔をして、こうおっしゃったのです。
「でも先生、ここに p(ピアノ)って書いてあります。ピアノだから、強くしちゃいけないんですよね?」
この気持ち、とてもよく分かります。生真面目に楽譜と向き合っているからこそ、「pの世界からはみ出してはいけない」と感じてしまうのですよね。
しかし、「p(ピアノ)であること」と「1音1音を強調すること」は、どこにも矛盾しません。
pという静かな世界の中でも、1音だけを際立たせるアクセントは存在します。逆に、f(フォルテ)という激しい世界の中で、息の長い、極上のなめらかなレガート(音をなめらかに繋げること)を奏でることも当然可能です。
「pだからせかせか動いてはいけない」「pだから音を尖らせてはいけない」といった思い込みは、知らず知らずのうちに私たちの表現力を縛る厄介な罠になってしまいます。
2. ニュアンスは「絶対的」ではなく「相対的」なもの
そもそも、音楽における強弱記号(ニュアンス)は、デジタルな数値のように「ここからは何デシベル」と決まっているわけではありません。すべては「相対的な関係性」で成り立っています。
極端な例ですが、曲全体がppp(ピアニッシシモ)とp(ピアノ)だけで構成されている曲があったとします。その曲の中では、pという指示のついた音こそが「一番強い音」になりますよね。
つまり、大切なのは「p=小さい音」という絶対的な音量ではなく、前後の文脈における「違い」や「変化」なのです。
💡 360度の角度からニュアンスを見つめ直す
爆発的なフォルテ もあれば、穏やかで温かいフォルテ もある。
ひっそりと息をひそめるピアノ もあれば、芯が強くエネルギーを秘めたピアノ もある。
「大きい・小さい」という平面的な捉え方から一歩抜け出して、360度の立体的な角度からその音のキャラクターを見つめてみてください。それだけで、あなたの出す音の色合いはガラリと変わるはずです。
3. 「楽譜を読む順番」を変えてみよう
では、どうすれば文字の罠に囚われずに、豊かな表現ができるようになるのでしょうか?
おすすめしたいのは、「楽譜を読む順番を変える」というアプローチです。
私たちは、パッと目に入る「p」や「f」の記号に、ついつい自動的に反応して音量をコントロールしてしまいがちです。しかし、本来の理想的なステップはこうです。
1. 音の並び、リズム、休符の入り方を観察する
2. 和声(ハーモニー)の動きやフレーズの長さを読み解く
3. 「この曲が何を表現したいのか」を感じ取る
4. 【結果として】そこにぴったり合うニュアンスが自然と導き出される
不思議なことに、この順番で楽譜を深く読み込んでいくと、指示されるまでもなく「あ、このハーモニーの展開なら、当然フォルテで弾きたくなるよね」と納得できるようになります。
たとえば、緊張感のある和音(ドミナント)が何度も繰り返されたあと、ついに主和音(トニック)へ解決する瞬間。そこにpと書かれていたら、それは「小さく弾きなさい」という命令ではありません。
「あぁ、ここでやっとホッと安心できたね」という心の安らぎが、結果として自動的に$p$という音の選択に繋がっているのです。
4. 「気持ちを乗せる」ことで広がる世界
もし、楽譜に「心が激しく波立っているようなメロディ」が書かれているのに、指示が「p」だったとしたら、どう表現しますか?
単に音を小さくしてしまうと、音楽の「表現」そのものまで弱々しく、しぼんでしまいます。
ここで一歩踏み込んで、「こんなに心がぐんぐんと突き動かされているのに、声としては小さく呟かなければいけないのは、どういう心理状態なんだろう?」と想像を巡らせてみてください。
「大声では言えないけれど、内に秘めた強い情熱があるのかもしれない」
「張り裂けそうな胸の痛みを、必死に抑え込んでいるのかもしれない」
このように曲の世界観に自分の心を寄り添わせるだけで、同じ$p$でも、聴き手の胸を打つ、エネルギーに満ちた素晴らしい音が響き始めます。音楽をコントロールするのではなく、音楽の中にある感情を生きることが何よりも大切なのです。
最後に:指導者としての自戒を込めて
実はこのお話、私自身の小さなお説教(?)から気づかされたことでもあります。
普段「ニュアンスをそのまま表面通りに受け取っちゃダメだよ」と生徒さんに伝えている私ですが、ある日のレッスンで思わず「そこ、f(フォルテ)じゃない!」と注意してしまったことがありました。
「あれ? 私、いつもと言っていることが矛盾しているかな?」と後からハッと振り返ってみたのです。
その生徒さんは、ずっとpが続く中で、1箇所だけぽつんと書かれたfの指示を、何も変えずにそのまま弾いてしまっていました。
私が伝えたかったのは、「そこだけをガツンと力任せに強く叩いて」ということではありません。「ずっと続いていたピアノの世界と、ここに現れたフォルテの世界の違いを、あなたの心で感じて、表現として描き分けてほしい」ということだったのです。
言葉の表面だけに囚われると、音楽の大切な本質を見失ってしまうことがあります。
ぜひ皆さんも、楽譜を開いたときは記号の枠組みから一歩はみ出して、その奥にある広大な音楽の世界を、のびのびと探検してみてくださいね。その試行錯誤の時間が、ピアノをもっと面白く、愛おしいものにしてくれるはずです。
それでは、今日も素敵なピアノライフを!
小川遥